2021年3月25日木曜日

毎日カルチャーレッスン

 今日も皆さまの熱意あふれるお取り組みにいっぱい励ましていただきました。皆さまのお声がさらに力強く育ってきましたね!お一人お一人の楽器のバージョンアップ、たいそう嬉しくて✨

さて今週のレッスンは、火曜も水曜も今日もワクワクの時間です。皆さまから頂戴するいろいろなお言葉を吟味するなかで、〈朗読〉という概念・行為が、皆で共有できるものに練り上げられていきます。〈朗読〉を、皆さまとともに育てていけることに深い喜びを感じながらレッスンを進めております。朗読は、アナウンスでも語り芸・話芸でもなく読書だということを共有して、心に響く朗読を目指してまいりましょう!

『はまべのいす』の6「すなの絵が残りました」の松田さまの朗読には、しっかりと語り手の身体を感じることができましたね✨(さあ一緒にすなの絵を見ようよ!)と誘ってくれる語り手の優しい表情と、その言葉を聴いたひろくんのキラキラ瞳も見えました。朗読を聴いている読者の私も、すなの絵を見に行きたくなりました(^^♪

次回は6を復習したあと7へと進みます。実践Bクラスは佐古さまからですね。皆さまの朗読を楽しみにしています(^^)

2021年3月24日水曜日

NHKカルチャー水曜レッスン

今日は、〈語り手〉や〈黙読を前提に創作された小説などの文学作品を音読するときの心構え〉を皆さまとともに確認することができました。さまざまな話し合いも生まれてワクワクの時間でした(^^♪

小説の言葉からは声が聴こえてくるとお話しくださった小野寺さま、その通りですね!語り手の声がそこにありますものね!音読者が文字言語に〈音声を与える〉のは、アナウンス原稿や演劇・朗読劇・語り芸などの台本です。前者はわかりやすく内容が伝わるように、後者は言葉に命を吹き込むように音声化すればいい。それに対して、音読者が文字言語に〈音声を取り戻そうと語り手を追体験する〉のが小説の朗読です。私の靴を脱いで語り手の靴を履く〈エンパシー〉を意識しましょう。私に語り手の音声なんて出せるのかしら…などと気にする必要はまったくありません。朗読は語り芸ではなく、読書なのですから。語り手を追体験することこそが大事。文学受容は確実に深まっていきます(^^)

実践Aでは山田さまと水野さま、実践Bでは小野寺さまと浅井さまの朗読にたくさんの刺激をいただきました。皆さまのご上達がとてもうれしくて!心よりありがとうございます。次回は『小僧の神様』三から始めましょう。芳子さまはじめ皆さまの朗読を楽しみにしています☆

2021年3月23日火曜日

★豊田朗読研究会レッスン

 月に一度の豊田レッスン。皆さま、今日も熱心なお取り組みをありがとうございました(^^)🌸いつものように身体という素晴らしい楽器のお手入れをしたあと、音読と言葉についての考察をご一緒に深めました。

音読とは声を出して読むこと。〈文字として存在している言葉〉は、音読されて〈音声を伴った言葉〉となります。ところで…この〈文字として存在している言葉〉には、音読されることを待ち望んでいる言葉と、そうでもない言葉があるように思います。

前者は、未完成の状態の言葉といえるかもしれません。すなわち音読者によって音声表現されて完成する言葉たちです。音読者は、どのように表現するかを自分が考えればいい。音読者であるあなたが語り手になればいい。アナウンス原稿も、演劇・朗読劇・話芸の台本も、昔話や民話なども、ひょっとしたらあなたに表現してもらいたいと思っているかもしれません(^^)

それに対して後者は、音声を伴った言葉としてすでに完成した言葉といえるでしょう。それがたまたま音声を剥奪されて文字として存在しているという状態の言葉です。例えば黙読を前提に創作された小説など文学作品の言葉は、音読者であるあなたに表現されて完成するわけではありません。あなたに語り手になってほしいなどこれっぽっちも思っていない。もうすでに語り手は決まっているのだから。では、音読者にできること許されることはなんでしょうか?それは、音声を剥奪されて文字となった言葉に、もともと持っていた音声を取り戻すことです。語り手を追体験して、言葉が生まれた身体を発見しましょう。そして、語り手の身体と重なった自分の身体を奏でればいい。残念ながら、その音声がそのまま語り手の音声にはなりません。それでいいのです。朗読は語り芸でも話芸でもなく読書なのですから。あなたの奏でる音声は、聴き手に、語り手の身体を想起させることができます。繰り返します。あなたは語り手ではありません。あなたが語り手を追体験することで生まれる音声は、聴き手にも語り手の追体験を促せるかもしれない。それができたら最高の朗読だと思います。そんなお話をいたしました(^^♪ 

次回は、『はまべのいす』の夕方シーン。登場人物はおじいさんですね。皆さまの朗読を楽しみにしています(^^)

2021年3月14日日曜日

NHKカルチャー日曜レッスン

 日曜午後の日曜朗読サロン。さまざまなお仕事、さまざまなお立場の皆さまがご受講くださっています。皆さま、いつも楽しい時間をありがとうございます(^^)

今日は、「読み(文学受容)」の自己化についてお話をしました。他人の話を聞くとき自分の聞きたいように聞き、モノを見るとき自分の見たいように見るのと同じように、私たちは小説を読むときも自分の読みたいように読んでしまいがちです。もちろん自分では気づかずに、です。大切なのは自分の靴を脱ぐことでしたね。そして、語り手がどのような靴を履いているのかをじっくりと調べること。何度も何度もテクストと真摯に向き合ううちに語り手がわかってきます。自分一人では難しいかもしれません。でも、ご一緒に取り組むうちにきっとわかってきます。そうしたら、語り手の靴を履いて世界を見てみましょう。エンパシーの能力を磨くのは、やはり読書ですね!

朗読の聴き方についてもお話をしました。「先生の朗読を聴いて、間が大切なのだと学びました」とおっしゃってくださったけれど…そうではないと。語り芸を聴くときのように、表面に現れる間や緩急などを聴いている場合ではないことを繰り返しました。これまでにも、朗読を聴くとき、意識は朗読者にではなく自分に向けるようにとお話ししてきました。わかりづらいでしょうか、なかなか届きません。焦らず慌てず諦めず時間をかけてお話ししていきますね。小説の朗読を聴いて学ぶべきは、自分とは違う作品受容のあり様です。そのために語り手を追体験している朗読者とともに作品世界に行かなければなりません。朗読者との間に壁を作って(朗読者は表現する人で、私はそれを受け取る人)朗読者から与えられて終わりではもったいない。あなたも必死になって語り手を追体験するから、〈朗読を聴くという読書〉が演劇・映画鑑賞を超える自分自身の体験✨となるのです。美術ギャラリーで、絵画を見るのではなく絵画を照らしている照明を見てどうしますか!それと同じ。小説を照らすだけの朗読に焦点を当て、肝心の小説を味わうことを放棄するとは…本末転倒。とても残念です。文学作品の朗読は語り芸ではないという前提を受け入れることができると、豊かな読書が生まれますね。そんなお話をいたしました(^^) 

いま取り組んでいる『雪おんな』の朗読を通して、語り手を追体験することを身体で学びましょう ♫ 次回のレッスンは、巳之吉が顔に降りかかる雪で目を覚ますところからですね。皆さまの朗読を楽しみにしています!

2021年3月13日土曜日

NHKカルチャー岐阜クラス

 昨年11月、岐阜のNHKカルチャーで「月に一度の朗読教室」が始まりました。ご熱心な皆さまとの出逢いに心より感謝しております(^^♪

今日は5回目のレッスンでした。文学作品の朗読は、語り芸ではなく〈読書〉だということを理解してくださって、だからこそ、心に響く豊かな朗読が生まれています。4月からもクラスは継続となりました。皆さま、今後ともどうぞよろしくお願いいたします(^^)

次回は『はまべのいす』の午後のシーンからですね。皆さまの朗読を楽しみにしています!